できるだけ楽をして、できるだけ大きな成果を出したい。
当たり前と言えば当たり前の心理ですが、
勉強が嫌になる最大の原因は、ここにあります。
避けたいと思っているものがやってくる。
苦痛というのはえてしてそういうものです。
できるだけ楽をしたいのに、こんなことをしなくちゃならない、
と思うから苦痛なのです。

だったら気分を変えてみましょう。
勉強は、自分を鍛え、成長させるためのものです。
成績はその過程を支える里程標です。
そう考えると、同じ勉強がまるで違ったものに見えてきます。
楽をしようとするから辛い。
だったら正面からガツンとぶつかって、強い自分をつくろう、と考えるのです。

100m走をするのに、自転車で走ろうとする人はいません。
ゴールすること自体が目的ではないからです。
走者は誰もが、自分の足で走るそのことに意義があることを知っています。
勉強も同じです。
100m先に着くことだけではなく、走ることに意義がある。
走ることで、頭脳だけでなく、精神もいっしょに、
自分を丸ごと鍛え上げていく。
ゴールに向けて、できるだけさっさと駆け抜けようとするのではなく、
過程の中に意義を見いだす。
いっそ、勉強を自分を鍛える修行の場ととらえる、と言って
よいかもしれません。

勉強に楽しさを求めてはいけません。
楽することを期待してもいけません。
勉強の楽しさというのは、
たとえば全国大会を目指して練習する人たちが感じる
楽しさと同じものであり、
寝そべってゲームに興じる楽しさとはまるで違います。

トレーニングというものは、元来苦しいものです。
でも、激しく呼吸をするたびに、
あなたの心臓と肺は強さを増し、
歯を食いしばり、うなり、身をよじるたびに、
あなたの筋肉は強靭になっているでしょう。
トレーニングの楽しさは、苦しさとともにあるのです。