読解力はすべての基礎、ということがよく言われています。
だから小学生のうちからたくさん本を読ませるとよい、ともいいます。
わたしもそう思います。
でも、それだけでは足りないものがあるのです。

テレビを毎日見ていれば、テレビ番組について的確な批評が
できるようになるでしょうか。
ゲームで毎日遊んでいれば、ゲームのシナリオやプログラムが
書けるようになるでしょうか。
プールで毎日遊んでいれば、水泳選手になれるでしょうか。

もちろん、そんなことはありません。
本を読むのも同じことです。
いくら読んでも、読むだけでは、とくに何も起こりません。
本を読むには、大切なことがいくつかあります。

まず、よい文章を読むことです。
よい文章を読んでいれば、よい文章の言い回しやリズムが、
だんだん身体に染みついてきます。
よい文章の呼吸が身につくと、何かを考えるときに、
考えが進みやすくなります。
アイデアは閃光のようにひらめくものですが、その後に続くまとまった考えは、
ほとんどいつも、文体という乗り物に乗ってくるからです。
当然、よい考えを運んでくるのはよい文体です。

こんな例でお分かりいただけるでしょうか。
我々わあ、日本帝国主義のお、強権的搾取構造のお、徹底的な解体を目指しい、
革命的な連帯の元でえ…、
という「思想」が、ほとんどすべてを文体に依存しているのは明らかです。
あるいは、お経を聞くと、何を言っているのか分からないけど厳粛な気分になるのは、
お経の文体そのものの作用です。あれが分かりやすい現代語訳だったりしたら、
ありがたさも、心引き締まる気分も、ほとんど失せてしまうに違いありません。

本を読むと、意識するとしないとに関わらず、
その本から何らかの影響を受けるものです。
ものの見方や考え方、そして文体。
何をよい文章と感じ、何をよい文体とするかは、人それぞれではありますが、
せっかく本を読むのなら、よい文章に接し、よい影響を受けたいものです。
book
本を読むのに大切なことは、もうひとつあります。
それは、ゆっくり読むことです。
文章を味わうためにも、文章の中身をしっかり理解し記憶するためにも、
ゆっくり読むことは欠かせません。
ゆっくり読むとは、目の移動を遅くするということではありません。
時おり立ち止まって、今読んだことを思い返すことです。

味わうための読書なら、その言葉が呼び起こす情景を感じ取りましょう。
理解し覚えるための読書なら、もう一度頭の中で言い直してみましょう。
せっかくのおいしい料理を満腹するためだけに食い散らかすような、
そんな読み方を習慣づけてはいけません。