ことばというものは何語であっても、基本的な構造は変わりません。
どれもみな「何が・どうする」「何が・どうだ」の形をしています。
The water is clear. が漢文で「水清」になって見かけが大きく変わっても、
水(主語)清(述語)である構造は同じです。

文法というのはふだんは忘れていてもちっとも構いませんが、
困ったときに思い出すと、ずいぶん助けになるものです。
とくにこういう大きな枠にかかわる規則は、役立ちます。

英語でも日本語でも、主語述語がくっきり見えると、
読めた、という実感がわきます。
そして、読めたと実感できた文や文章は、さほど努力しなくても、
頭に残るものです。

手元にある模試の問題から冒頭の文を拾って確かめてみましょう。

現代人のあらゆる欲望を実現するための「絶対的な手段」である貨幣はその性格のため「すべてのものが一般に必要とするもの」となり「その無制限な利用可能性と被願望性」をもつようになる。(菅野仁「ジンメル・つながりの哲学」による)

という文の主語述語を、厳密にではなく、役に立つ程度の精度で拾ってみると、

貨幣は…「…もの」となり、…をもつようになる。

という形であることが分かります。
これを骨格として肉付けしていけば、文全体の意味がくっきり見える、
というわけです。

これはいかにも地味で、大した技術には見えませんが、
ちょっと意識してみると、役に立ちます。お試しください。