月別アーカイブ: 2016年4月

ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」

歴史の本の面白さは、どういう時代が描かれるかではなく、どういう歴史観で描かれるかにかかっている。その点本書で描かれる物語の面白さは抜群である。なぜ歴史はこのように展開したのかを問うのは社会科学として当然の姿勢だが、スペインはインカ帝国を滅ぼしたが、なぜ逆にインカ帝国がスペインを滅ぼすという風にはならなかったのか。なぜアフリカの黒人がヨーロッパを支配するというようにはならなかったのか、という問題提起はたいへん刺激的だ。その問いに対する答がこれまた鮮やかで、著者の手腕に見とれるばかりである。今日の社会の有り様を決定づけた要因は民族的な優劣などではなく、栽培に適した植物が生えていたか、技術が伝播しやすい地形をしていたか、家畜化しやすい動物が棲んでいたかというような、たまたま与えられた環境の違いだったというのである。偶然振り分けられたような環境が歴史を必然のように動かしていく、なんとも壮大な一万三千年の物語。

筒井賢治「グノーシス」

ずっと前、五千円も出してハンス・ヨナス「グノーシスの宗教」を買ったのに、読み切れず挫折したことがある。だから1500円の本書でもって、ちょっと分かったような気分になれたのは気分がよい。グノーシスとは、簡単に言うとキリスト教以前の神秘思想に端を発して、さまざまに分化しつつ中世の異端審問の時代まで生き残り続けた異端思想である。いろいろな流派があるが、至高の存在としての神と、世界と人間を創造した邪悪な神がいて、至高神が自分が作ったわけでもない人間を救い給うというのが共通した世界観である。キリスト教で言えば最初に「新約聖書」を編集したマルキオンから、ずっと時代は下って異端審問の標的となったカタリ派まで、時間的にも空間的にも実に深甚な影響を与えている思想でもある。大昔に流行った二元論にすぎないなどと片付けず、もう少し調べてみようという気になった。

種村季弘「ビンゲンのヒルデガルトの世界」

ヒルデガルトという女性は、12世紀に活躍した幻視者である。彼女には神から送られた映像をまざまざと見る力が備わっていた。田舎の修道院の中で育ち、ラテン語さえ知らない「無教養な」女性が、この幻視能力を足がかりとして、巨大なカリスマとして変貌していく。彼女の活躍は、やがて医学、薬学をはじめとする博物学的研究や、はては音楽に至るまでの広汎な範囲に及び、各分野に大きな影響力を持つに至る。
彼女はその特異な能力を活かして大きな名声を手に入れたけれど、もう少し時代がずれていたら、尊敬を集めるどころか魔女として葬り去られていたかもしれない。正統だから認められるのではなく、認められたものが正統なのだといういつの世にも変わらぬ事実を思わないではいられない。