深山にすみ、里の人たちとはほとんど交渉を持たずに暮らしていた人々についての伝承や奇譚を集めた本。かつて天狗の存在が信じられた背景には、彼ら先住異族の<存在>があったことは言うまでもない。柳田国男は本書を最後に山人について語るのをやめてしまうが、ここでは巨大な山男の話、神隠しの話、気の触れた女が山に入ったいくつもの例など、興味深い話が続く。中でもとりわけ印象に残るのは、序文のかわりに残された一文だ。貧しい父親を不憫に思って、口減らしのためにすすんで殺された小さな兄妹の記録である。戸口の前で自分のいのちを差し出すために大きな斧を研ぐふたりに、秋の日がいっぱいに射している。その描写の哀れさ美しさは、一度読めばとうてい忘れられるものではない。