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阿部謹也「刑吏の社会史」

中世のヨーロッパにおいて、刑罰というのは犯罪者を罰するためのものというよりは、犯罪によって損なわれた社会秩序をもとに戻すための供犠の儀式だった。その聖なる儀式を執行をする刑吏は、当然のことながら高い地位にあったが、やがて社会の諸相の変化によって、だんだん賤民視されるようになってしまう。賤民として徹底的に差別される刑吏は、しかし一方では、賤業を独占することによって経済的な豊かさを手に入れていく…。
本書で紹介される事例の多くは、中世ヨーロッパだけでなく、世界中に見られるものである。たとえば犯罪者を波間に流すという刑罰はヨーロッパだけでなく中国でも行われたし、皮剥ぎなどの仕事が差別につながった歴史は日本でもまったく同じである。差別階級でありながら格式1万石、財力5万石と言われた弾左衛門の存在も、中世ヨーロッパと共通する。社会の成り立ちを通して人というものを考えるための、非常に多くのヒントを含んだ名著。

E・P・エヴァンズ「殺人罪で死刑になった豚」

表題から分かるとおり「動物裁判」の本である。動物裁判というのは、動物を人間と同じように裁判にかけ刑を執行することで、中世から19世紀にかけて、ヨーロッパでさかんに行われた。裁きの対象は四つ足の動物だけでなく、イナゴや毛虫やシラミ、さらには謀反の合図に使われた鐘、倒れて人を押しつぶした銅像などにも及んだ。これは冗談でも何でもなく、昆虫を被告にした裁判であってもきちんと弁護人が立てられ、大真面目に弁論がなされたのである。きっとその当時から、これをばかばかしいと思っていた人は多かったろう。しかし神の名のもとに行われる神聖な裁判を誰が非難できただろう。こんな裸の王様ばりの滑稽なことが何百年も続いただなんて、さぞ重苦しい時代だったんだろうなあ。