江戸時代の見世物小屋の規模や迫力は、おそらくわれわれの想像をはるかに超えている。竹で人形を編んだ籠細工(かございく)がとくに人気だったと聞くだけではぜんぜん大したことがないように思えるが、とんでもない。なにしろ見世物小屋の規模は奥行きは40メートル、籠細工の大きさとなると小は2メートル、大は8メートルにも達したという。そうした巨大な英傑の人形が20も並んで頭上を圧し、見せ物の前では当代きっての話芸の達人が軽妙な口上を述べている、というぐあいなのだから、その華やかさ楽しさはどれほどのものだっただろう。百日の会期に数十万人もの人が押し寄せたというその熱狂は推して知るべしである。ほかにも珍しい動物あり、軽業あり、本物そっくりの生人形(いきにんぎょう)ありで、読むほどに、当時の沸き立つような興奮が伝わってくる。
月別アーカイブ: 2016年2月
デイヴィド・ダニエル「ウィリアム・ティンダル」
宗教改革といえば、ルターがカトリック教会に対して95ヶ条の抗議文をつきつけたことばかりが有名だが、このとき彼によって聖書がドイツ語に訳されたことも、負けず劣らず重要な意味を持つ。彼の訳業によって、ヨーロッパのキリスト教徒ははじめて自分たちの神の言葉を読むことができるようになったのだ。ウィリアム・ティンダルは、このルターにわずかに遅れて、はじめて聖書を英語に翻訳した人である。彼のみごとな翻訳は、英語そのものを洗練された言語に高め、シェイクスピア以上に英語の形成に影響を与えた、とも言われている。しかし生涯をかけて自国語の聖書を広めた功績によって彼に与えられたのは、こともあろうに異端の烙印と火あぶりの刑だった…。 翻訳は、田川建三。原著の誤りをひとつひとつ正す詳細な訳注が圧巻。ただ訳すだけに終わらせない学者としての良心に打たれる。読み物としては実はそれほど面白くないが、訳注とあとがきを読むだけでも9000円は惜しくない。