種村季弘「ビンゲンのヒルデガルトの世界」

ヒルデガルトという女性は、12世紀に活躍した幻視者である。彼女には神から送られた映像をまざまざと見る力が備わっていた。田舎の修道院の中で育ち、ラテン語さえ知らない「無教養な」女性が、この幻視能力を足がかりとして、巨大なカリスマとして変貌していく。彼女の活躍は、やがて医学、薬学をはじめとする博物学的研究や、はては音楽に至るまでの広汎な範囲に及び、各分野に大きな影響力を持つに至る。
彼女はその特異な能力を活かして大きな名声を手に入れたけれど、もう少し時代がずれていたら、尊敬を集めるどころか魔女として葬り去られていたかもしれない。正統だから認められるのではなく、認められたものが正統なのだといういつの世にも変わらぬ事実を思わないではいられない。