ジョン・クラカワー「荒野へ」

世を捨てて山の中に隠棲したい、と思うこと自体は珍しいことではない。しかし、優秀な成績で大学を卒業した若者が、すべての預金を慈善団体に寄付し、車を売り払い、果ては財布の中のお札までを焼き捨てて、まったく無一物となってアラスカの荒野に踏み入っていく、というのは尋常なことではない。それも世を悲観して死に場所を探していたのではなく、むしろ積極的に生きるために、未踏の地を求めて放浪し続けた、というのである。アラスカの過酷な大自然を前にしながら、持っていた地図さえ捨ててしまったというのだから、彼の行動はたしかに愚かだったと言うしかない。しかし何と無垢な愚かさだろう。登山家ジョン・クラカワーによる共感と哀惜に満ちた語り口が胸を打つ。原題は”Into the Wild”。