明治維新がふつうに生きる人たちにもたらしたものは、新しい時代を迎える浮き立つような希望などではなかった。あらゆるものが変わってしまう不安がさまざまな噂を生み、噂は流言蜚語となって広がった。戸籍の整備は人身売買の準備だと信じられ、異人に売られた者は血を抜かれ膏をとるために火であぶり殺される、とされた。これらの噂が受け入れられ、はるか遠くまで広まってゆく背景には、想像力の共通基盤としての伝承=民話があった、というのが佐竹氏の考察である。さきに取り上げた「逝きし世の面影」と比べると、同じ時代を描いたとは思えないほどの違いに驚く。岩波ライブラリー「酒呑童子異聞」に収録。