今年読んだ新書の中で、飛び抜けて優れた一冊。居酒屋の看板やマンションの広告にならぶ文言や、やたらと人を励ましたり癒やしたりするはやりの歌のコトバとは違った、ほんとうの詩の世界を見せてくれる。詩人が詩を解説すると解説する言葉までが詩のようになってしまい、けっきょく何も伝わってこないことが多いが、この本にはそういうところがない。詩を読むという行為をこれほど丁寧に体験させてくれる本は貴重だ。現代詩は、ただ奇をてらっただけの無意味な言葉の羅列ではないということを、はじめて納得させてくれた。
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波多野精一「西洋哲学史要」
明治34年に書かれた哲学史の名著。「かくのごとき明々白々たる矛盾を発見するには必ずしも炯眼と達識を要せざるなり。しかもカントの大頭脳にしてその矛盾に陥りて恬然たりしものは何ぞ」なんていう名調子にしびれる。この本には最近、現代語に書き直されたバージョンが出ていて、そちらを参照しながら読むと分かりやすいが、文章そのものの力という点では、やっぱりオリジナルに及ばない。文語の強さと格調の高さに惹かれ、音楽を聴くように読んでしまった。
アダム・カバット「妖怪草子・くずし字入門」
何年か前に、くずし字が読めたらさぞ楽しかろうと思って、林英夫の「おさらい 古文書の基礎」を買ったことがある。いきなり候文を読むというのはさすがに難しく、読み始めて早々に挫折してしまった。その点この本は取っ付きやすい。題材は、漢字ばかりの候文ではなくひらがなだらけの黄表紙である。妖怪の挿し絵もいっぱいで、親しみやすいことこの上ない。
見ての通り著者はアメリカ人である。アメリカ生まれのアメリカ人が、日本語の古文をくずし字で読んでしまうという事実にまず圧倒される。勉強していない日本人よりも、勉強しているアメリカ人のほうが、はるかに日本語を知っているというのは、当たり前といえば当たり前のことなのだが、勉強の持つ力の大きさを改めて思い知らされる。
今日はひらがなの「か」と「は」を覚えた。
橋本治「絵本 徒然草」
橋本治の本は、ちゃんと読めば面白いんだろうな、と思いながらもなかなか乗れず、結局おもしろくないまま途中で投げ出すことが多い。しかし、これは文句なしの傑作。かの徒然草に現代語訳と兼好の語りによる背景説明を加えた本、といっても面白さは伝わらないだろうから、有名な「つれづれなるままに…」の橋本訳を紹介しよう。
「退屈で退屈でしょーがないから一日中硯に向かって、心に浮かんでくるどーでもいいことをタラタラと書きつけてると、ワケ分かんない内にアブナクなってくんのなッ!」
なるほど、徒然草というのは、七百年たった今でこそりっぱな古典だけれど、当時としては今のことを書いた生身の文章だったんだねえ。