迷子になったことがない、という子が多い。
お母さんと買い物に行っても、はぐれたことがないという。
驚きである。
近ごろの子は、方向感覚が特にすぐれているのだろうか。
そうではない。
むろん、携帯電話のおかげである。
携帯電話は若い子の生活をすっかり変えた。
ひとり旅ですら、
いつでも連絡が取れるという安心感がある今となっては、
もう冒険ではなくなってしまった。
昔は携帯電話がなかったから、
いったん旅行をはじめると、もうすっかり普段の暮らしからは
切り離されてしまって、けっこう不安だったものだ。
公衆電話はあったけれど、たとえば家に電話しても誰も出ないとかね。
留守電に伝言を残す、なんていうこともできないんだよ。
伝言できても、電話をもらうってことができないんだよ。
不安だよね。
ATMもなかったから、手持ちのお金がなくなるとちょっと困った。
銀行の通帳を持っていても、今と違って他行で下ろせるようには
なっていなかった。
郵便局はさすがに全国ネットだったが、
郵便局ってのは、銀行と違って、
たいてい地元の人しか分からないようなところにあるもんだ。
そういうことを思うと、本当に便利になった。
便利になったということは、
いつでもどこでも日常の延長で過ごしていけるということだ。
ってことは、日常を離れた気分を、味わいにくくなっているということだ。
不安とか、寂しさとか、解放感とか、新鮮味とか。
いいとか、悪いとかではない。
ただ、ぼくたちは今、
人類が一度も経験したことのないまったく未知の世界を
生きていて、
いろんなことを得る代わりに、いろんなものを失っているんだな、
なんてことを思うわけさ。