本格的な夏がやってきた。
日中の気温は38度だの39度だの、
体温も緯度もはるかに超える。
大変な暑さである。
そこで、涼しい山の上に行って来た。
よい天気だったのに、お昼どきの気温が23度である。
えらいぞ、山。
冬はスキー場になる広い斜面が、一面芝生のようだ。
日曜日なので、子ども連れも多い。
そんな中で、目の前を歩いていたのが、パパとママと女の子。
女の子は、ちょっとご機嫌斜めなのか、
草で足がちくちくするだの、
鹿のフンがくさいだの言って、
なかなか歩こうとしない。
もう4歳なんだからちゃんと歩こうね、
なんて言っていたママが、
つい声を荒らげてしまった。
文句ばっかり言ってんじゃないの!
遊びに来たんでしょ!
せっかく来たのに文句ばっかじゃ楽しくないでしょっ!
ねえ、もっと楽しまなくちゃだめじゃない!
そうでしょ!ねえ。
女の子はうつむいて、泣くのを我慢している。
不条理だ。
「日記」カテゴリーアーカイブ
コンビニ浅田飴
昨晩だったか、今朝のことだったか、
夢かうつつか定かではないまどろみの中で、
コンビニ浅田飴、という言葉を思いついた。
忘れてしまうのはあまりに惜しい、
ああ、これは覚えておかなくては、と思った。
朦朧とした意識の中では、
それほど重要な思いつきだったのである。
あんなにも
覚えておかなくてはと強く執着した言葉である。
気になって、さっきその意味を考えてみた。
そしたら。なんと。
ちゃんと思い出せたのだ。
言葉そのものだけでなく、
その言葉に執着した理由までも思い出せることは、
大変まれである。
この一事だけで、どれだけこれが、
重要な発見だったか分かるだろう。
さてそれでは、この言葉「コンビニ浅田飴」に、
いったいどういう「意味」が込められていたのか。
知りたいですか。
それはね。
「トンビに油揚げ」に似てる。
…です。
こんなことのために
眠気をこらえて白目をむいていたのかと思うと、
あまりに不憫です。
がんばったなー、おれ。
ひねったつもりで、ふつう
先日の、
「国民一番電話は二番三時のおやつは文明党」
というネーミングは、われながらよい出来だと思っておった。
しかし。
グーグルで調べてみたら、出てくる出てくる。
同じことを考えた連中の、まあ多いこと。
自分の平凡さに、ちーとがっかりしました。
ずっと以前に「ほぼ日」のアンケートで
「自分が女々しいと思う瞬間は?」というのがあってさ。
それに、
「トイレで座って用をたすとき」
なんて答えて、
気のきいた回答をしたつもりでいたの。
そしたら、
それがぶっちぎりで「最も多い回答」だった。
こういうのは、かなり恥ずかしい。
新政党の旗揚げに寄せて
小沢先生のために、新党名を考えてみた。
「自由で民主的な日本のみんなで国民の生活の改革を進めるきづなを大切にする大地のためにたちあがる日本人に公明正大な減税を第一に幸福な社会を共に実現する新しい維新の党」
略称「国民一番電話は二番三時のおやつは文明党」
さらに略称「おやつ党」
使ってくださいねっ。
分かったような分からんような
人の気持ちを考えなさい。
でも、相手の顔色をうかがうのはみっともないぞ。
まわりと協調して行くのが肝心だ。
とはいえ、自分の意見を持たず付和雷同ばかりというのは、
ちょっと困る。
社会人として、常識を守るのは最低限のルールだからな。
もちろん、常識にとらわれない自在な発想も必要だ。
がんばって。
あんまり無理するなよ。
この手の話はさらっと聞くと、何でもないが。
まじめに受け取ると訳が分からん。
つまり、どうすればいいの?
ばかだなあ。
そのときの状況に応じて、判断すればいいじゃないか。
ただし、日和見は駄目だぜ。
自分というものをしっかり持ってな。
Hard to swallow
上野のパンダが子を産んだ、という報道があった。
東京都知事は、そんなものには興味はない、と言い捨てた。
どうせなら尖閣諸島から名を取って、
センセン、カクカクと名付けよとまで言った。
自分の影響力を知ってか知らずか、
思ったことをそのまま口にでき、
なお人気に翳りが見えない権力者は、今日では希有だろう。
さて都知事ひとりは言いたい放題だが、
世間にはどこか、パンダの悪口を言ってはいけない雰囲気がある。
パンダなんていらねえや、とか、
別にかわいくないじゃん、とか、
目の周りの黒い部分がつり目だったら悪相だよな、とか、
そういうことは言ってはいけないようである。
ましてや、赤ちゃんだからね。
鳥の世界で、パンダ並み、とはいかないまでも、
特別目をかけてもらっているのは、
おトキ様を別格とすると、まずはツバメではないか。
一心にエサをねだるヒナの姿は、
まあ可愛らしい、と目を細めて見るのが正しい作法である。
うじゃうじゃしていて気持ち悪いなんて言ったりしてはいけない。
ましてツバメの巣を、けっじゃまなんだよ、なんて
衆人の前でたたき落しでもしようものなら、
まず、無事では済むまい。
ここに、ツバメの巣がある。
写ってはいないが、ほかにも二つある。
停まっているおっさん仕様のスクーターは、ぼくの愛車である。
ツバメのトイレではない。
ぼくの愛車である。
ツバメのトイレではない。
ツバメのトイレではない!
ツバメのトイレではない !!
通信スピードふたたび
光ファイバー。
プロバイダの広告では最大100Mbpsなんて言っている、
ま、いわゆる高速通信ってやつです。
ふふん。
先ほど通信スピード計測サイトで計ってみたです。
念のため、5回計測しました。
その結果、なんと。
0.077Mbps~0.171Mbps
という凄まじいスピードでした。
算数の苦手なあなた、お分かりでしょうか。
100Mbpsに対し、0.077Mbp。
最大値に対し、0.077パーセントのスピードということは、ですね。
算数の苦手なあなたにも分かりやすくたとえると、
時速250kmの新幹線だと思って乗り込んだら、
時速19.25メートルしか出なかった、ということです。
東京名古屋間を350kmとすると、一時間半のところを、
18182時間=758日もかかってしまうというスピードです。
東京を発ち一眠りしてそろそろ名古屋に到着するかな、
と思ったころ、わたしの新幹線は、
やっと27メートル進んでしか進んでいない。
ホームの端までも行っていない。
お分かりでしょうか。
同じ料金を払ってこんなことであるならば、
いったい誰が黙っていられましょうか。
そうです。わたしは、ちょっと怒っているのです。
ぷんぷんぷん。
おい、こら。
おれの前で、ゆーちゅーぶとか言ってんじゃねーよ。
もやもやした話
7月になると、
レバ刺しが飲食店では食べられなくなるそうである。
そのため、最後のレバ刺しを求めて客が殺到しているという。
厚生労働省がレバ刺しを禁止した理由は、
食中毒の危険があるからである。
で、客が殺到するのは、
7月になると食べることができなくなるからである。
うん、そりゃあ、どちらもまあ、分からなくもないけどさ。
ついで厚生労働省は、
食べ過ぎの危険があるとして、
コンビニのおにぎりの販売をひとり3個に制限するとともに、
魚の刺身等を販売する店舗に対し販売後12時間以内に
顧客宅を訪問し食べ残りを回収することを義務づけ、
さらに飲食店でかき氷を提供する際には、店内の温度を
28度以上に保ち、かつ腹巻きを貸与し着用を促すことを
義務づける意向である。
という冗談はさておいて。
かつての狂牛病騒ぎのときと同じなんだけど、
危険だから禁止するって言われているのに、
禁止されるその日までは食べても安全だって
考える神経が、どうも分からない。
これはちょうど、
道路を渡るときの安全確認を、
自分の目でなく信号に任せてしまっている態度と同じだ。
クルマが来ているかどうかではなく、
赤なら止まるし、青なら渡る。
命に関わる判断を、そこにいない人に任せて平気なんだよね。
自分で判断できない国民だから行政が口を出すのか、
行政が口を出すから自分で判断できない国民が育つのか。
どっちにしても、なんかすっきりしないなあ。
少数意見を尊重せよ
小学生の時分だったか、
「少数意見の尊重」ということばを教えてもらった。
ちーとも意味が分からなかった。
まず、多数決の原理というのを習った。
民主主義では、多数の意見に従ってものごとを決定するのだ、と。
なるほど、民主的な手続きでは、
少数意見は常に却下され、採用されることはない、と。
普通に受け取れば、こういう理解になるじゃないですか。
ところが、先生は、少数意見は尊重しなければならないという。
発言の数は賛成者の多さを保証しないから、
何が少数意見であるかは、採決してみないと分からない。
で、決定したことには、全員が従うのがルールだから、
採決のあとでの反対意見は、もちろん許されない。
えっと、だったら、少数意見の尊重って、
いつ、どのようにするのでしょうか。
いまだにわかりましぇん。
格好いい話
カッコいいというのは、不思議である。
世の中でカッコいいとされているものでも、
流行に不案内なおじさんにとっては、
何がカッコいいのか理解できないことが多い。
この人は美人である、なんてことだったら、
教えられなくても見れば分かる。
美しいとかカッコいいというのは、
本来そういうものであるはずなのに、
現実のカッコいいはそうではない。
そうではないのに、ちゃんとカッコいいものとして、
認知されているから不思議である。
たとえば、きちゃないジーンズをずり下げて穿く、
なんていうのがその例だ。
店でもらえるカタログを見てもそういう穿き方をしているから、
どうやら本当に、これがカッコいいらしい。
うーん。
【がががががっ、カッコいいだろっ】
おそらく格好良さには、二種類あるんだろう。
ひとつは誰もが認める格好良さであり、
もうひとつは仲間内だけに通用する格好良さである。
後者の格好良さというのは、本当にカッコいい必要はない。
ただ、それを良しとするこっち側と、
その良さが分からないあっち側とを区別する機能を
果たせばよいのである。
とすれば、ここでは、
ちゃんとサイズを合わせたジーンズのように、
誰が見ても格好良いようなものは
内と外とを峻別する機能を果たせないから、
あまり歓迎されない、ということになる。
ふむふむ。なーるほど。
刺青みたいなもん、か。
ところで「カッコいい」は
関東では(E)、関西では(A)と表記されるという話、
ほんとうでしょうか。