クマダ伝説

むかーし、同級生にクマダという子がいた。
クマダは勉強はそこそこできたが、
どちらかというとぼんやりしたヤツだった。
ある日クマダがメガネを外して机の上に置いた。
顔がでかすぎるのか、
メガネは、すっかりつるが広がっていた。
みな口々に、直した方がよいと忠告した。
クマダはしかし、
「おれ、買ったときからいじってない」
だから広がっているはずはない、と言い張った。
毎日このメガネを使っているが、まったく変わったようには
見えない。毎日見ているおれが言うんだから間違いない。
クマダはそう思ったのだろう。
ひと目でそれとわかるメガネのゆがみを、
かたくなに認めようとしなかった。
時計の針がそうであるように、緩やかな動きというものは
動きとして見ることはできない。
それでも絶え間ない繰り返しは、
いつしか大きな変化を生むものである。
ちょうど雨だれが石を穿つように。
なにせ遠い昔のことである。
クマダの顔もぼんやりとした印象しか残っていない。
しかしどういうわけかあのときの、
なんてこいつはアホなんだ、という驚きだけは
忘れられない。