夢の匂い

トイレの床の排水口が詰まった、夢を見た。
うちのトイレの床はタイル張りではなく、
あんな排水口もないのだが、
とにかくうちのトイレだった。
中に手をつっこんで、パイプに詰まっているものを
引きずり出すと、
それは脱水の済んだ洗濯物のようにねじれた
シャツであり、タオルであり、ハンカチである。
ずるずるずる、と両手でたぐり出し終わったら、
排水パイプの臭いがした。
夢に臭いがあるかどうか、学説は知らない。
ほんとうに寝台のあたりに悪臭が漂っていて
それを半ば目覚めながら嗅いだのかもしれないが、
それよりも、
眠りながらも、排水口といえば臭うはずだ、
と判断して、脳の中で臭いを作り出した、
と考える方がおもしろい。
夢を「見る」という
視覚的な疑似体験が当たり前にできるのだから、
こうやって夢を「嗅ぐ」ことができたって、
何も不思議はない。
外からの刺激があろうがなかろうが、
脳が匂いを嗅いだのと同じ反応をすれば、
臭いを現実として感じることができる、というわけだ。
まことに面白い体験だった。
もっとも、
これと同じことが目覚めているときに起きたなら、
それは幻覚と称され、
笑いごとではすまなくなるのだが、
われわれの正常さなんてものは、
一見不動のもののように見えるけれども、
しょせん
この程度の危ういバランスの上に立った
かりそめのものに過ぎないんだ、
なんて言ってしまったら、
たかが夢には大げさかね。