単なるメモなんですが。

先週届いた「てにをは辞典」。
適当なページをめくると、
ばんちゃ[番茶]▲が 冷める。
▲を 入れる。すする。つぐ。煮出す。
ってな感じ。いわゆるコーパスなんだが、
これがなかなか面白い。
言われて見れば当たり前の言葉の使い方でも、
自分の言葉は、意外なくらい小さなところを
うろうろしていることを知る。
「孔雀の羽の目がみてる」蜂飼耳
こういう文章を読むと、あ、随筆というのは、
とうてい素人が手を出せる領域じゃないな、と思う。
書き方が平明なだけに、
この人の目の見え方が際立っていることが分かる。
大したことじゃないことがらを、
文章の巧みさだけでごまかすような随筆も、
実はきらいじゃないのだが、
こうやって、見えているのに見ていないものを
見せてくれるような文章は、なおいい。
さっき思いついたこと。
忘れないうちに書いておこう。
せいぜいシャッターを押しただけで、
自分がそれを作り出したような顔をするな。
花の写真が美しいのは、
花が美しいからに決まっているだろーが。
おわり。