日記」カテゴリーアーカイブ

たいくつ

子どもの頃の夏休みを思い出すと、
まあ、とにかく暇を持て余していた。
退屈だ退屈だと言いながら、
一日ごろごろしていた。
宿題なんかやる気にもなれず、
朝からずっと高校野球を見ていた。
高校野球がそれほど好きだったわけでもなく、
ただ退屈だったのだ。
あんなに果てしなく続く退屈というものは、
あれ以来味わったことがない。
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ごろりと横になったまま、
斜めに差し込んでくる日の光に、
無数のほこりが浮かんでいるのを眺めていたのも
その頃だった。
こんな空気を吸っていたらぼくはきっと死んでしまう、
と不意に恐ろしくなり、
少しの間息を止めたり、
漂うほこりをふーっと吹き飛ばそうとしたりして
いたのを覚えている。
てきぱきと無駄のない生活をしている子どもには、
さぞ愚かなことだろう。
そんな退屈な経験が、
何かの糧になるなど考えられもしないが、
善かれ悪しかれ、
ぼくという人間のどこかには、
あのころの退屈によってでき上がった部分が
今でも確かに残っていると思う。

本を買うなら

あらかじめ買う本を決めて本屋に出かける、
という習慣がなくなって久しい。
それどころか、本屋で見つけた本ですら
その場で買わず、
ネットで注文することが多くなった。
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ここのところは、もっぱらbk1を使う。
アマゾンにはない、フィルムコート加工の
サービスがあるからだ。
これが、まあすばらしい。
これまで繰り返し読む本は、
カバーの裏面に紙を貼って補強していたが、
それも今や遠い昔である。
図書館のようなラミネート加工が、
8月中なら一冊60円。
調子に乗って頼んでいたら、
20冊近くになってしまった。
いいよー、これ。
おすすめです。

そんなことは知りません。

若いころ、大人というのはどうしてこれほど
ものを知らないのだろう、と不思議だった。
仕事のための知識は豊富だろうに、
当たり前のブランドの名前も、
ヒットチャートを独走している歌手の名前も、
何も知らない。
ふつうに暮らしていれば目に入ることばかりなのに、
妙なものだと思っていた。
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ところが自分が40代の半ばにかかり
名実ともに堂々のおじさんになってみると、
わが暮らしの現実は、あーらびっくり、
やはりそういうものだった。
もう何ヶ月もテレビを見ていないし、
車のラジオさえ聴かないから
当たり前といえば当たり前なのだが、
世間の流行りがまるで分からん。
たとえば先日新聞の特集で、
「千の風になって」という曲を取り上げていたが、
ぼくはこの曲を一度も聴いたことがない。
何年か前に原詩を読んだことはあるが、
曲自体はおそらく耳にしたことがないと思う。
スポーツは新聞でもネットでもチェックしているから
結構くわしいが、
芸能ネタはもとより社会面もほとんど読まないから、
どんな事件が世を騒がせているのかもよく知らない。
そして、そうした自分のあり方を、
ことさら恥ずかしいと思ったこともない。
さて、ある高校の定期テストで、
「先ごろ恐喝容疑で逮捕されたタレントは誰か」
という時事問題が出題されたと聞いた。
テストの問題というものは、
よい成績を取ろうとする真面目な生徒にとって
行動指針となるに違いないが、
この問題を出すことによって、
生徒にどんな能力とどんな生活習慣と、
大げさに言えば
どんな人生観を身につけさせようというのか、
ぼくにはまったく分からなかった。
こんな問題、解けない方がよっぽど自慢になると
思うんだけど。

ちょくちょく読むのは

近ごろなかなか忙しい。
忙しいといったところで、
朝8時半ごろから教室を開けている、
というだけのことなのだけれど、
夜のお仕事に慣れている身には、
なかなかしんどいことである。
それはともかく、
生活のリズムが変わると困ったことがある。
翌日に備えて早寝をしてしまうため、
ちっとも本が読めないことだ。
一日せいぜい30分である。
しかし時間が限られていることが幸いしてか、
集中力はことのほか高い。
読むのはもっぱら小林秀雄。
この人の文章は、決して読みやすくない。
読みやすさ、分かりやすさをよい文章の条件だとすれば、
いっそ悪文といってもいい。
30年くらい前に大学入試に好んで使われたのは
そのためだろう。
一読してすっと頭に入るようには書いてくれない。
彼が辿ったであろう思考と連想の道筋を、
文と文の間から読みとらなくてはいけないから、
寝そべって読むようなわけにはとてもいかない。
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こうした彼の文章を、
論理的でないと嫌う人は少なくないが、
しかし、すらすら読めないからこそ、
立ち止まったり、ふり返ったり、
足もとを見つめたりするのだし、
そうすることで書き手の視線が自分の視線となり、
書き手の呼吸が自分の呼吸となるような
至福の瞬間が訪れるのだと思う。
彼の作品を読んでいると、
彼のいう「胸中の温気の熱さ」に充たされてきて、
今日の学者先生たちの書く正しいだけの冷たい文章が、
実に味気ないものに思えてくる。

こんなところで

20年近く前、キース・ジャレットをよく聴いた。
特にトリオの演奏が好きで、
お気に入りのCDに
毎日毎日耳を傾けたものである。
おれの葬式には”God Bless the Child”を流してくれ、
なんて言っていたのもこの頃だ。
で、きのうユニクロに行ったら、
こんなTシャツが売っていた。
わーお。
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さっそく古いCDと、記念撮影。
このためだけに買ったのか?

きょうは海の日

小学生に、
海の日って、海ができた日ですか。
と聞かれて驚いた。
何百億万年前に雨が降ってできたんでしょ、
というのは、まあ、ほぼ合っているとしても、
何百億万年前の日付を特定できると
思ってしまう発想が分からん。
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いつだったか、
わが国の建国記念日について中学生に尋ねたら、
アメリカから独立した日、とか、
ユーラシア大陸から分かれた日、とか、
初代「大統領」が就任した日、
などというナイスな解答が返ってきたことを
思い出す。
嘆いているのではない。
子どもの発想、というより非常識さってのは、
じつに面白い。

生き甲斐ってのはさ

むかしむかし中学だったか高校だったか、
クラスで話し合いをする機会があった。
どういう経緯で決まったのか、
出されたお題は「生き甲斐について」。
司会進行の級長くんが話し合いに先だって、
まずこう口を切った。
「生き甲斐って言うと、趣味ってことになると思うんですがあ」
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びっくりした。
全然違うだろ。
生きている甲斐、ってことは、
そのために生きそのために死ぬことができるイデー、
とまでは言わなくても、
矢吹丈にとってのボクシングのような、
もっと自分の生に近いものじゃないのか。
最初から方向を誤り、
すっかり趣味談義になってしまったその後の議論は、
当然ながら覚えていないが、
あのとき感じた強烈な違和感だけは、今でもときどき
思い出す。

しょうがなくないだろー。

原爆を落とされた、つまり被害国の大臣が、
大学の講演会で、
「あの状況下でソ連の参戦を止め、
北海道を占領させないためには、
原爆の使用も選択肢としてありえた、しょうがない」
という旨の発言をして、職を追われた。
一方、原爆を落とした、
つまり加害国の核不拡散特使が、
国務省の記者会見で、
「何百万人もの日本人が命を落とした
であろう戦争を終わらせた」
として原爆の正当性を強調する発言をしたが、
こちらはさほど問題になっていないようだ。
発言の場所も背景も確信ぶりも、
久間氏の場合とは比較にならないほど
重い発言だと思うんだが、
いじめっ子の開き直りに一言も言い返せない
なんて、あまりに悲しい。
アメリカは一貫してこの主張を繰り返しているが、
ということは、
同じような状況になったら
俺たちはまた使うかもしれないぜ、
と言っているに等しく、
もちろんそんな彼らの言う核不拡散というのは、
俺たち以外は核を持つな、という意味なのだが、
そういう身勝手な放言を耳にするたび、
やはり日本はアメリカの属国なんだと
思わないではいられない。しゅん。
ところで久間氏を糾弾したみなさん。
講演会で語るべきだった正解は、
「たとえ北海道がソ連に占領され、
日本が分断されることになったとしても、
原爆は落とすべきではなかった」、ですか?

高笑いは闇夜に響く

夜の11時過ぎ、
帰り道をとぼとぼと歩いている後ろから、
いきなり大きな笑い声が聞こえた。
ほっんと、心臓が止まりそうだった。
思わずびくっと身をすくめたら、
ケータイ片手の兄ちゃんが
自転車に乗ってぴゅーんと通り抜けていった。
ああびっくりした。
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ときどき、あの真似ができないものかと思う。
電話をかけてもいないのに、
いや、そりゃないだろう、と怒ってみたり、
がはははは、と笑ってみたり、
うそだろう、とつぶやいてみたりしたら、
ちょっと日常の枠を踏み外したような気持ちに
なれるんじゃないか。
ま、できないけどね。

いいクルマだ

教室まで歩いて来る途中、信号のない横断歩道がある。
大した車通りもないので、
かえってスピードを上げる車が多いのだが、
今朝は珍しく銀色のBMWが止まってくれた。
いや、珍しいどころではない。
この道を歩いて通うようになって数年が経つが、
止まってくれた車はおそらくはじめてである。
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あしたはがっかりしないよう、別の道を通って行こうかね。